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大阪家庭裁判所 昭和40年(家)905号 審判 1965年3月04日

申立人 川部花子(仮名)

相手方 川部進(仮名)

主文

相手方は、申立人に対し、

(1)  金七万五、〇〇〇円を即時に、

(2)  昭和四〇年三月一日以降申立人との別居期間中毎月金二万五、〇〇〇円宛(ただし毎年七月は金四万五、〇〇〇円、同一二月は金五万五、〇〇〇円)を毎月末日までに、いずれも持参または送金して支払え。

理由

本件調査の結果によると、次の事実が認められる。

申立人と相手方とは、昭和二一年五月八日に婚姻し、徳島市で結婚生活を送り、昭和二三年一月二日長男一男、昭和二四年一二月一一日長女春子、昭和二八年四月三日二女冬子が出生した。昭和三四年に相手方は、従前勤務していた徳島市バスの運転手を辞め、単身来阪して○○○タクシー会社に勤務し、昭和三六年に○○○交通株式会社に転職した。しかるところ相手方は、昭和三五年頃から、相手方に申立人ら妻子のあることを知りながら婚姻関係に入つた谷内昌子と肩書住所において同棲するに至つた。

申立人は、昭和三六年に三名の子を伴い来阪し、肩書住所に住宅を賃借して居住し、○○林業株式会社に事務員として勤務し、長男一男は高等学校、長女春子は中学校、二女冬子は小学校にそれぞれ通学している。

昭和三九年一二月五日申立人は、当庁に婚姻費用分担の調停申立をなし、六回の調停期日が開かれたが、相手方は、終始一方的に申立人との離婚を主張し、その間同年一二月に金二万円、昭和四〇年一月および二月に各金五、〇〇〇円宛を生活費として申立人に交付したのみで、それ以上の生活費の支出を頑強に拒否し、昭和四〇年二月一八日調停は不成立に帰した。

相手方の収入は、昭和三九年二月から昭和四〇年一月までの一年間についてみると、給与手取総額は金五六万八、四〇八円で、そのうち、昭和三九年七月の賞与手取額は、金三万五、八五〇円、同年一二月のそれは金五万三、六〇〇円であり、上記一年間の平均月額は、金四万七、三六七円である。

申立人の収入は、○○林業株式会社の事務員としての給与であつて、手取月額金一万円であり、一方生活費にあてるため、親族から借り入れた約五万円の負債がある。

以上認定の事実その他本件調停の経過によつて知り得た一切の事情に基いて審按するに、申立人と相手方とは、すでに数年間別居の状態にあり、その婚姻は実質的に破綻しているけれども、申立人と相手方は法律上夫婦であり、しかも申立人ら母子は、一日も早く相手方が申立人らの許に復帰して、円満かつ堅実な家庭生活を営むことを待ち望んでいるにもかかわらず、ひとえに相手方の不貞行為のみによつて、婚姻の破綻が生じているものであることに鑑みると、夫たる相手方は妻たる申立人ならびに上記三名の子らに対し、自己の収入、社会的地位に相応しい程度の生活を保障すべき義務を負うことは明らかである。そして上記認定の事実に照らすと、相手方は、申立人ならびに三名の子の生活費として、本件調停申立があつた昭和三九年一二月以降毎月金二万五、〇〇〇円、毎年七月と一二月の賞与月にはさらにそれぞれ金二万円と金三万円を支出するのが相当である。

よつて、相手方に対し、申立人との婚姻費用の分担として、すでに履行期の到来した昭和三九年一二月以降昭和四〇年二月までの合計金一〇万五、〇〇〇円から、相手方が本件調停中に支払つた金三万円を控除した残額金七万五、〇〇〇円を即時に、昭和四〇年三月以降は毎月金二万五、〇〇〇円のほか、七月と一二月にそれぞれ金二万円と金三万円を、いずれも毎月末日までに申立人に持参または送金して支払うよう命ずることとし、主文のとおり審判する。

(家事審判官 岡野幸之助)

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